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最高裁判所第三小法廷 昭和28年(あ)5493号 判決

主文

原判決及び第一審判決を破棄する。

本件を京都地方裁判所に差戻す。

理由

大阪高等検察庁検事長代理検事安西光雄の上告趣意並びに被告人宮幡靖弁護人島田武夫及び被告人土坂竜之助弁護人前堀政幸、同三木今二の各答弁はいずれも末尾添付の別紙書面記載のとおりである。

職権によって調査すると、本件行為当時における通商産業省設置法三条(通商産業省の任務)は、「通商産業省は、左に掲げる国の行政事務及び事業を一体的に遂行する責任を負う行政機関とする。」と規定して一号から二号までを掲げ、その二号において「輸出品の生産の振興その他鉱産物及び工業品の生産、流通及び消費の増進、改善及び調整並びに検査」と規定し、四条(通商産業省の権限)一項は、「通商産業省は、この法律に規定する所掌事務を遂行するため、左に掲げる権限を有する。但し、その権限の行使は、法律(これに基く命令を含む)に従ってなされなければならない。」と規定して一号から四三号までを掲げ、四三号は「前各号に掲げるものの外、法律(これに基く命令を含む)に基き通商産業省に属させられた権限」と規定する。〔なお、同法一三条(通商機械局の事務)は、五号に「自転車競走の施行に関すること」を掲げ、これをうけて通商産業省組織規程(昭和二四年五月二五日同省令一号)は、七五条において、「自転車競技法の施行に関すること」を同省機械局車両課においてつかさどるべきことを定めている。〕ところで、右設置法四条に「この法律に規定する所掌事務」とはすなわち三条所定の「通商産業省の任務」を指すものにほかならないものであるところ、組織法たる同省設置法の重点は、所掌事務の範囲を定めた右三条の規定に存するのであって、同条の範囲を超えた行政処分又は命令が当然に無効であるに反し、いわゆる権限を定めた右四条の規定は、所掌事務の内容を例示する注意規定であって、行政作用法に属する別の法律(ここでは、自転車競技法)によって個別的に裏づけられてはじめて効力を生ずるものであり、右同条四三号の規定の存するゆえんもここにあるのである。また昭和二七年六月三〇日法律二二〇号自転車競技法の一部改正によって、「第三条競輪の用に供する競走場を設置しようとする者は、命令の定めるところにより、通商産業大臣の許可を受けなければならない。」との規定がおかれた後も右四条になんらの改変が加えられなかったのはこれがためである。

しかるところ、自転車競技法の施行に関する主務官庁はもとより通商産業省であり、同法一条は、「都道府県及び人口、財政等を勘案して主務大臣が指定する市(以下指定市という)は、自転車の改良、増産、輸出の増加、国内需要の充足に寄与するとともに、地方財政の増収を図るため、この法律により、自転車競走を行うことができる。」四条は、「第一条の自転車競走を行う競走場の数は、都道府県は各二箇所以内指定市は各一箇所である。」と規定する。すなわち右各条は自転車競技法の目的、都道府県及び指定市は通商産業省の監督の下に自転車競走を施行しうる趣旨並びに競走場の法的制限について規定したものであって、原判決のように、本法によって、都道府県及び指定市は本法所定の数を超えないかぎり、通商産業省の統制に服することなく任意に自転車競走場を設置しうる固有の権限を与えられたものとすることはできない。その他競輪場の設置は都道府県等の固有の権限であると解さねばならない法令上及び法理上の根拠は存在しない。しかして一方、本件行為当時においては競輪場築造の許可の権限(所掌事務)が建設省にあったことは明らかであるが〔建設省設置法三条、昭和二四年建設省令九号臨時建築制限規則(同規則は昭和二五年法律二〇一号建築基準法附則及び同法の施行期日を定める同年政令三一九号により、昭和二五年一一月二三日廃止された)、指定生産資材割当規則備考各参照〕、建設省による競輪場の築造の許可と通商産業省による競輪場の設置の承認とは、相互に密接な関係はあるけれども、本来その趣旨及び目的を異にするものである。すなわち、前者は臨時物資需給調整法に基き、臨時建築制限規則の施行に関する事務をつかさどる建設省が競輪場の築造自体の観点から許否を決するものであるに対し、後者は競輪施行の主務官庁たる通商産業省が、その所掌事務に属する「自転車の改良、増産、輸出の増加、国内需要の充足」並びに「地方財政の増収」を図るため適当であるか、その立地条件、共倒れ乱立に陥ることなきや等の観点から、都道府県、指定市よりの設置申請を承認し、及びその旨建設省に通知するもので、右承認並びに通知は建設省の競輪場築造の許可の権限をなんら侵すものではないのである。

これを要するに、自転車がわが国輸出産業等において占める地位の重要性から、その生産の振興をはかるため自転車競技法が制定せられた立法の経緯と同法一条に掲げる立法目的とに徴すれば、自転車競技法はまさに、前掲通商産業省設置法三条二号が一般的、概括的に掲げている同省の所掌事務の一部を具体化したものであること明らかであり、そして同法一三条が同省通商機械局の事務分掌として「自転車競走の施行に関すること」をつかさどる旨を規定しており、しかも競輪場の設置は競輪を施行するための不可欠の前提である以上、競輪場築造の許可の権限(所掌事務)を有していた建設省に対し、競輪施行の主務官庁たる通商産業省として、その所掌事務に属する「自転車の改良、増産、輸出の増加、国内需要の充足」並びに「地方財政の増収」を図るため適当であるか、その立地条件、共倒れ乱立に陥ることなきや等の観点から、都道府県、指定市よりの設置申請を承認し、及びその旨建設省に通知する行為は、通商産業省本来の権限であり、当時競輪場の設置について既に数十回にわたって同様の手続が慣行されていたのはその故である。

そうとすれば、昭和二五年五月当時通商産業政務次官の職にあった者が競輪場の設置申請に対し、政務として決裁に関与することは、刑法一九七条にいう公務員の「其職務」といわなければならない。従ってそれが職務でないこと、を前提として本件被告人等の行為を判断した第一審判決及びこれを支持した原判決は、判決に影響を及ぼすべき法令の違反があってこれを破棄しなければ著しく正義に反するものといわなければならない。よってその余の上告趣意に対する判断を省略し、刑訴四一一条一号四一三条本文に則り、原判決及び第一審判決を破棄し、本件を第一審裁判所である京都地方裁判所に差戻すこととし、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 島 保 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 垂水克己)

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